宝物の正体

夜、22時頃の事である。
国立から立川へと歩いていた。
国立は家の場所。
立川はアルバイト先。
そして毎週月曜日は、この週払いのアルバイトの締め申告の日なのである。
線路沿いを30分程かけてバイト先まで行き、締め申告をする。



そしてまた、国立へと折り返す。
立川駅周辺以外は人通りが少なく、特に今日は自分以外にはほとんど誰も通っていなかった。
世界でたった1人になったような、そんな感覚に襲われる。
そんな事を考えていると怖く、またわくわくしてきた。


いつもと違う道で帰ってみよう。



普段は知らない道を嫌う自分が、保育園に通っていた頃に戻ったように、頬を持ち上げた。
今日は南側じゃなくて、北側を通ってみよう。
たったそれだけの事で、星の無い都会の空も輝いて見えた。



星が無いのは地上に落ちたからなのだと思った。
目の前に何かが落ちていた。
拾ってみるとそれは、文庫本とハードカバーの小説だった。



源氏物語ー上巻ー」。
レ・ミゼラブル?V」。



名作2冊がぽんと道端に落ちているのだ。
大分色褪せていたそれは、何故だか自分には本当に地上に落ちた星に見えてならなかった。



落ちている物を拾って帰るなんてみっともない。
昔よく親に怒られた。
今では僕もそう思う。
そう、思うのだが。






その夜、本棚が気になって眠れなかった。
拾わず帰る事は不可能だった。
しかし、それを帰って読む事も不可能だった。
読んでも何の運命的な事件も起こらない恐怖が、僕には世界に取り残される恐怖よりも遥かに大きく感じられた。
僕は、読まずに「読んだら何かが起こるかもしれない」という虚像の高揚を得る事を選んだ。
虚像と自分で解っているんだから良いだろうと、1人で言い訳をしながら。



4時頃になってようやく眠たくなった。
緩やかに眠りの淵に落ち、4時間で目を覚ます。
ぼーっと昨夜の事を思い出し、本棚を見つめる。
大小2つの本がこちらを見つめ返す。



なんだか無性に虚しくなった。